神仏霊場・表紙 > 奈良・鎮護の道 >正倉院・2

神仏霊場を行く
奈良・鎮護の道
神仏霊場のロゴをクリックすれば表紙に、奈良・鎮護の道をクリックすれば奈良霊場の目次に戻ります。
正倉院
正倉院・1へ 東大寺・1へ
正倉整備工事
[参考資料:『正倉院正倉整備工事第4回現場公開』パンフレット]

正倉院の整備工事現場の一般公開が昨年8月の第4回に引き続いて、第5回の一般公開が2月7日~11日の間で行われ、見学することが出来た。 平成23年10月より作業の足場となる「素屋根」の建設工事から始まった『正倉院正倉整備工事』は平成25年11月には屋根の葺き替え工事が、平成26年1月には内部修復も完了し、今回の一般公開となった。

頂いたパンフレットによると、正倉の屋根は35,432枚の瓦で葺かれており、奈良時代の瓦が平瓦783枚、丸瓦105本残っており、その他、平安・鎌倉・室町・江戸(慶長、元禄、天保)・明治・大正の各時代の瓦が確認されたとのこと。修理後の瓦総数34,621枚中、8,426枚は奈良時代の瓦を始め、古い瓦が再用されている。

この一般公開後、4月より、素屋根の解体工事が行われ、10月には本工事が完了し、11月には外溝公開が実施される予定である。

[工事見学日 平成26年2月9日]
正倉院全景 足場が組まれた素屋根 北東隅二の鬼瓦
訪れた日は冬空のどんよりした雲が空を覆っていた。 この素屋根も4月には解体される。 北東隅二(上)の鬼瓦。今回新規製作された。
側面にヘラ書きで「倣旧北東隅一之鬼瓦作之」とあり、デザインは一の鬼瓦(下)に合わせている。
北東隅より北面を見る 北西隅より北面を見る 北西隅一の鬼瓦
北東隅より(上の写真)と北西隅より(中央の写真)北面を見る。北面は全面現代製法による新しい瓦で葺かれた。
北東隅の鬼瓦は一の瓦(下側)は慶長のものを再用、二の瓦(上側:上段左の写真)は今回新作。北西隅の鬼瓦は一、二共慶長の再用。
北西隅一の鬼瓦。あご髭の下に「ニシノキョウ 宗左衛門」とヘラ書きがある。二の鬼瓦にも同様の文字が認められる。
北西隅より西面を見る 南西隅より西面を見る 南西隅二の鬼瓦
北西隅より(上の写真)と南西隅より(中央の写真)西面を見る。西面も北面と同様、全面現代製法の新しい瓦で葺かれた。南西隅の一の鬼瓦(中央の写真)は江戸・天保のものを再用。 南西隅、二の鬼瓦。ヘラ書きで右側面に「干時瓦大工播州志きたうの郡中村郷藤原朝臣久兵衛作之」(上の写真)、左側面に「慶長八年癸卯三月廿五日」とある。
南西隅より南面を見る 南東隅より南面を見る 南東隅より東面を見る
南西隅より(上の写真)と、南東隅より(中央の写真)南面を見る。この面は奈良(天平)、鎌倉、室町・慶長の瓦を再用して葺かれている。両隅は天平の瓦の再用(軒瓦は室町・慶長を再用)。
南東隅の鬼瓦は一(下)、二(上)とも慶長のものを再用。
南東隅より東面を見る。この面の両隅は伝統製法瓦での新規葺き替え。手前より新規、室町・慶長、大正、室町・慶応、江戸、明治の瓦を再用(中央の白く見える部分が明治の瓦)。
東面の中央部 北東隅より東面隅部分と北面を見る 各時代の軒丸瓦と軒平瓦の展示コーナー
東面の中央部。手前から江戸、明治(白く見える)、江戸、大正、室町・慶長、新規葺き替えの順。 北東隅より東面隅部分(新規葺き替え)と北面を見る。 各時代の軒丸瓦と軒平瓦の展示コーナー。
各時代の製法などの解説コーナー 奈良時代の丸瓦(天平の甍) 平安時代の丸瓦と平瓦
各時代の製法などの解説コーナー。 奈良時代の丸瓦(天平の甍)。奈良時代の丸瓦20本、平瓦256枚が今回の葺き替えられた屋根に再用された。 平安時代の丸瓦と平瓦。
鎌倉時代の軒平瓦 室町時代の軒丸瓦と軒平瓦 正倉の内部の公開
鎌倉時代の軒平瓦。 室町時代の軒丸瓦と軒平瓦。 正倉の内部の整備も終了しており、公開されていた。
公開されていた北倉の内部 公開されていた北倉の内部 公開されていた北倉の内部
公開されていた北倉の内部。前回の公開で強度を増すために壁に取り付けられた補強材は、全く見えない。陳列棚はガラス戸が使われていた。
南倉の扉に取りつけられた勅封(レプリカ) 杉本神社 杉本神社
南倉の扉に取りつけられた勅封(レプリカ)。 正倉院の北側に鎮座する杉本神社。伝えによると1254年(建長6年)落雷の時、「杉本明神」が龍に姿を変え、口から流水を噴き出して消火し、事無きを得たという。神社の傍に在った大杉は今回の整備工事で伐採されている。